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2012年6月23日 (土)

目の不自由だった方が、手術後すぐに、コップが見えた。

 

 昨日、知人からうれしい電話があった。

ご主人が「細胞シート」移植という、眼の手術を終え、その手術後、すぐにコップが見えたという、奥さんからの電話だった。

ご主人が実は盲目だと奥さんから聞いたのは、ごく最近のことだ。ご主人は若いときから盲学校に入り、何十年間もほぼ盲目の人生を送ってこられた。子供の時に川で泳いで細菌に眼がやられたのがきっかけだったという。それならば、もしかしたら、セルシードが治験を進めている「角膜再生上皮シート」を利用したオペで、視力が回復する可能性があるかもしれないと私は思いつきで話した。奥さんは北海道に帰ってから早速ご主人にそれを伝え、ぜひ手術を受けたいと言ってきた。私も言い出したのが自分自身であったことから責任を感じ、細胞シートの開発者である岡野光夫(おかのてるお)先生にお話をして、大阪大学医学部の西田幸二教授をご紹介いただき、奥さんはご主人を連れて北海道から大阪まで受診しに行き、細胞培養の日時を経て、昨日のオペとなったのだった。

(再生医療と岡野光夫先生については、先のブログ:「BIO tech 2012 再生医療イノベーション を聴講して」 を参照)

http://poet.air-nifty.com/blog/2012/04/biotech2012-70a.html

 

 「角膜再生上皮シート」を利用したオペの手順は、まず、ご主人の口の粘膜から細胞を採取して、セルシードの温度応答性細胞培養器材でその細胞を培養して、細胞シートを作成するのである。この細胞シートが、角膜(眼を構成する層状の組織の一つであり、カメラで言えば、レンズに相当する部分)になるのである。過去の細菌感染によるダメージで駄目になってしまっている角膜をオペで切除し、その代わりに、この自分の粘膜細胞を培養して作った細胞シートを角膜の部分に縫い付けるのである。

 私はおそらく視力が戻るとするならば、手術後から数ヶ月先ではないかと想像していた。しかし、電話では、手術直後(オペ終了の何分後かは訊いていないが)に、なんと、ご主人が、「コップが見える」と言ったというのである。これには本当に驚いた。手術前は、何も見えなかった方がである。手術から日を経れば、視力はさらにもっと回復して行くであろうことは想像に難くない。

 しかも自分の細胞からつくった細胞シートの移植なので、他人の細胞の移植ではないので、拒絶反応の心配がない。

 ただ、全ての目の不自由な方々が、この方法で視力が回復されるわけではないかもしれない。なぜならば、人間の眼の一部である角膜は大きく分けて「上皮・実質・内皮」の3つの部分から構成されていて、この細胞シートは上皮に置き換わるものだから、それ以外の部分の機能が損なわれていた場合は対応しきれない可能性もある。とは言え、もっとも表面の上皮は、細菌感染や火傷などで一番ダメージを受けやすい部分なので、この部分の修復が自分の細胞で出来るようになったということは、医学の歴史において革命的と言って良い決定的イノベーションの確立であると同時に、目の不自由な方々にとって文字通り偉大な光明が差した事実に違いはない。

 ご主人は何度も高価なティーカップをテーブルから落としてこなごなに割ったことがあると奥さんは話してくれたことがある。見えなかったのだから仕方が無いが、「ごめんね」と謝るご主人の声を聞く奥さんは、それが不憫(ふびん)でならなかった。しかし、今後は、コーヒーカップにせよ、ティーカップにせよ、夫婦茶碗にせよ、ご主人がテーブルからそれらを落とすことはなくなるだろう。

 そして何よりも、北海道の大自然、美しい山や川や、愛する奥さんの顔を、自分の目で見ることができるようになるのだ。 

 これもすべては、岡野光夫教授の世界的なイノベーションの賜であると感謝をすると共に、こうした世界的に突出している日本のイノベーション分野をさらに振興させるべく、政府の再生医療分野への重点的な研究支援を願う次第である。

 

    Copyright © 2012  Masakazu Ishikawa

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コメント

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

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