これは、国立西洋美術館としては珍しい、というか、どの美術館で開かれたとしても「珍しい」と言えるような展覧会かもしれない。すなわち、「指輪展」”RINGS”である。そう、この展覧会の展示物のほとんどは、あの宝石や貴石の指輪リングなのである。さらに驚くことには、今回展示された数百点の指輪は全てが国立西洋美術館の所蔵品なのだという。
Copyright © 2014 Masakazu Ishikawa
コレクターの橋本貫志氏(1924~)は東洋美術の蒐集家で80年代末以降は指輪を精力的にコレクトしてなんと指輪などの装飾品870点のコレクションを蓄積し、2年前(2012年)に国立西洋美術館にその宝飾品コレクション全点を寄贈したのだという。きわめて珍しいこの貴重なる展覧会はこうして日の目を見たのである。
コレクションは本当に感嘆の一語に尽きる。古代エジプトから中世、近現代に至るまでそのすべてを網羅している。こういうコレクションを集められる見識学識と鑑定力の高みにはただただ舌を巻くのみである。しかもその蒐集の前提となる資金力。対象はなんと言っても宝石なのだ。考え得る限りの最低ラインで一個あたり10万円として計算して1億円近くになるが、実際にはオークションで一個あたり数千万円からひょっとすると1億円を超えるようなものもありそうなことを考えてそこで私は計算するのをやめた。しかもそれだけの高額かつ完璧なコレクションを築き上げたうえで、それを公的美術館にポンと寄贈するという態度が、私にはもしかしたらどんな宝石よりも美しいのではないかとも感じられた。
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上のパンフレットに大きく中心に載せられたリングは、展示77番のジョルジュ・フーケ(1862-1957)の「真珠とエナメルの花」である。これは確かにパンフレットの中心になるだけの魅力的な作品ではある。
本展覧会では宝石や貴石の他に金属製やガラス製のリングも多く展示されている。展示87番のルネ・ラリック(1960-1945)の「ガラスの指輪」は文字通りガラスで出来ているのだろうが、貴石や宝石にも劣らない存在感と輝きに驚かされた。これこそデザインの勝利なのだろう。
本展覧会には紀元前十数世紀の古代エジプトの「スカラベ」(昆虫のフンコロガシ)のモチーフが多く登場する。大きな丸い糞を転がして運ぶ昆虫のフンコロガシは、まるで太陽を運行しているかのようだと感じられて、古代エジプトでは「太陽神の化身」と考えられ崇拝されたのだという。丸にTの字を描いたような昆虫の背中の簡素化したデザインが宝石・貴石に刻まれている。私が驚いたのは、この古代エジプトの「スカラベ」のデザインとコンセプトがその後遙か後世にいたっても再現されていることであった。展示78番のジョルジュ・フーケ(1862-1957)の「スカラベ」は1900年頃の作品とされているが、まさにこういったデザインの普遍性と継承・継続性ということを私たちに問いかけているように思われる。
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展示116番の「古代ローマ人の横顔を表された印章指輪」(16世紀、イギリス)は、最初見たときに、古代ローマ時代にローマで作られた作品かと思い込んだ。そこに刻まれた横顔肖像は男の自分から見ても本当に美男子で、もし女性が拡大鏡でこれを見たら恋に落ちる人がいるのではなかろうかと危惧したほどだった。古代ローマではなくて実は16世紀イギリスの作品であったが、古代ローマが一時征服した英国の地にはやはりローマの血と文化が底流にあったからこそ、こういう作品が作れたのではなかろうかと感じ入ったのであった。
展示117番の「フルール・ド・リスが彫刻されたダイヤの指輪」にも心惹かれた。フルール・ド・リス(Fleur-de-Lis)はユリの花(もしくはアヤメの花)の紋章で深い歴史と意味を持ち、私が大好きな西洋の紋章であるが、それについて触れると夜が明けるのでここではあえて触れない。この指輪のデザインは本当に美しいが、そのデザインの背景を鑑みて見るとさらに深い輝きを放っている。
私が今回の展覧会で最も美しくも素晴らしいと感じたのはどの指輪だったかと訊かれたら、私は迷わずひとつの指輪を挙げる。それは展示154番の「キリストの横顔」である。16世紀後期から17世紀にかけておそらくヴェネツィアの作品とされているリングである。これは向かって見て右を向いたキリストの顔を刻んだ緑色の宝石か貴石かガラスかは記されていないのでわからなかったが、いずれにせよ、その色と形と裏側から透過する光の神秘さとで私の心を捕らえて放さなかった。もうこの段階では、その素材はどうでもよくなり、そこに刻まれた信仰心の深さこそがそのリングの価値なのだと感じさせられた。
展示306番の「ココの指輪」は1990年代、ココ(ガブリエル)・シャネルが愛した"Bagues Coco"(ココの指輪)の一方なのだという。大きさもデザインも堂々たるもので、一歩間違えば下品になりかねないような大きさと意匠の大胆さなのだが、きわめて気品が感じられるところがさすがはココ・シャネルの魔法であるように思われた。
カメラ好きの私がとりわけ心惹かれたは、展示321番の「カメラが隠された指輪」(1950年頃、ロシア)だった。
1950年代にロシアスパイが使っていた指輪カメラで、フィルムは4ミリ四方のネガ8枚がその指輪の中に内蔵されて撮影可能とのことだったが、指輪の外側側面にはシャッターと思われる直径2ミリほどだろうか?のボタンと、フィルムワインダーと思われる突起と溝が展示品の下側に確認できた。金無垢もしくはゴールドプレートの指輪で宝石部分がレンズらしいのだが、いったいこの指輪カメラのレンズの明るさはF幾つで、最小焦点距離は何ミリで、現像時にどのくらいの解像度を持っていたのかが気に掛かってしょうがなかった。さらに面白かったのは、こうした指輪カメラが出来るような超小型化の技術が進展したきっかけが禁煙運動だったということだ。すなわち、従来はスパイカメラはたばこの箱とかライターといったガジェットにカメラを仕込んだスパイカメラが多かったものの、禁煙運動でたばこの箱やライターの出番が少なくなると、いきおいもっと小型化せざるを得ない状況に追い込まれていったというのである。
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今回の宝石展はほんとうに素晴らしい展覧会で、見ているさなかに私は感動で身震いさえ覚えかねない時があったが、さすがに指輪は展示品としては美術品のたぐいの中でも最小の部類に入ると思われ、単眼鏡(モノキュラー)が無ければ鑑賞にきついかもしれない。もちろん会場にはいくつかの作品にはルーペが固定されていて幾分かは拡大して見ることができるのだが、やはり自分でモノキュラーを持っていた方が良い。私がいつも美術鑑賞で携帯し、今回も持って行ったのは、Vixen 多機能単眼鏡 マルチモノキュラー 4X12である。
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この商品は最短合焦距離が20センチときわめて短距離なのがすばらしいのである。
これは倍率4倍モデルであり、この4倍モデルか、同じくビクセンの6倍モデルかで迷ったのだが、最短合焦距離の短さが6倍モデルのほうは25センチであり5センチ違う。この5センチというのはわずかな違いのように一見思えるが、実際に使ってみるとこの5センチというのはきわめて大きい違いなのである。よってこちらの4倍モデルの方を買ったのだが、実際に使ってみるとやはり実に正解だったと感じることがよくある。レンズの明るさが明るいというのも、博物館の中は美術品保護のためにわざと薄暗くしてあるので、ありがたいのである。また接眼部から目を15ミリ離したところからでもほとんど視野が見渡せる「ハイアイポイント」設計とメーカーが言っているので、めがねをかけたまま使うこともおそらく問題ないのではないかと想像する。
私は美術館に行くのに、本品を手放したことはないが、今回の国立西洋美術館「指輪展: 橋本コレクション」ほど、このビクセン4倍モデルをありがたく感じたことはかつてなかった。
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